<   2011年 02月 ( 4 )   > この月の画像一覧
議会全員協議会
       2月16日(水)13:30~17:15

 議場前のロビーは傍聴者であふれ、開会も5分程度遅れる。議場内に入れない人たちが「市長を出せ!!」とかで、議長と議会事務局長が傍聴者に説明し、抽選で納得してもらったようだ。議場に入れない人の方が多く、ロビーには椅子が用意される。

 傍聴者はほとんどの方が、野球場建設に反対している人のような気がしたが、そう思ったのは私だけであったろうか。浦佐地区にも数日前に、野球場建設反対派からと思われるチラシが朝刊と一緒に全戸配布される。そういう市民の関心の高い中での議会全員協議会の開催だ。

 私自身は、この件に関しては、過去にも議場や、私の議会報告、後援会の席上でもはっきりと言明しており、今日の全員協議会も粛々と対応するだけと思っていた。

 執行部から野球場A案20億円(答申案)、B案10億円(改修案)、C案14億円(市長案)
の説明が50分あり質疑に入る。
 ・県内1の財政が悪い中、身の丈以上だ。
 ・今ある球場の修繕の範囲でよい。
 ・過大な球場を作れば財政はさらに悪化する。
 ・箱モノではなく、福祉教育に使ってもらいたい。
 ・過大な野球場の借金を、孫、子に残せない。
 ・維持管理費は、修理費は。
 ・強い野球は、施設より指導者が大切。
 ・少子化により将来の利用率が心配だ。
 等々の質問が、反対議員と思われる7名が市長と相対す。

 私も4人目で議長から指名を受け市長に質問する。
 大和町時代に、大和中学校のグランドが公認グランド(3種か4種)から、外れた時の様子、その後の大和中学の陸上の成績、、、、私のいとこで大和中学時代に野球で県1位になり、六高で野球部として活動していた時の話し、、、。そして、総務文教委員会で長野県の千曲市、伊那市、駒ケ根市、岡谷市のスポーツ施設の調査、、、。塩沢地区には今泉博物館の道の駅の相乗効果や観光客が激減しているときの地域の活性化になると、、、、。
 したがって、せめて県高野連の大会ができる球場は必要だと。今野球場を建設しなければ孫子にも禍根を残すし、今後のスポーツ施設(総合屋内体育館)の充実にも支障をきたすがと市長に質問する。

 そして、財政的にも実質公債費率で27年度には16.7%となり心配ないと言っておる。野球場建設することで、福祉施設とか市民のサービスを落とすことはないとはっきりと言明しておるのに、執拗以上にくいさがる様はわからない。市長は、野球場建設に異を唱えている皆さんといつでも会って、何時間でも話しあいますと、再三議場でも言っているのだからその場を設定した方がよいと思う。反対している皆さんは市長と時間の調整をしてみたらいかがでしょうか!!!
 
[PR]
by 2nezou | 2011-02-16 12:03 | 議員活動 | Comments(0)
第43回自民党大和支部定期大会
       2月6日(日)14:30~15:00

 東分会の当番で、東開発センターを会場に、自民党大和支部の定期大会が開催される。
 支部長の種村芳正前県議のあいさつで開会する。
 「今の政権に日本国を任せてはおけないし、管内閣は持たない。3月か6月には衆議院の解散がある。今度の選挙は、大変な選挙になるが、長島代議士の当選に向けて一枚岩となって戦おうと挨拶がある。」
 定期大会が、まさしく長島代議士の総決起大会のようであった。
 
 20数余年自民党の大和支部長を務めていただいた種村先生が勇退し、支部長代行であった井口さんが新支部長として就任する。県議会議長をされ県議を勇退されたときに、支部長も交代と言っていたが2度の国政選挙があったのでお願いしてきた。今回も大変な戦いになるので慰留した。種村先生は、長島代議士を当選させるために、南魚の後援会長になるので大和は交代させてくれということで今回の人事となった。

          ●開会のあいさつ種村支部長
f0019487_750147.jpg

          ●来賓の長島代議士挨拶、斉藤県議挨拶。
f0019487_7503772.jpg

f0019487_7514824.jpg

          ●来賓各位
f0019487_7522893.jpg

          ●退任のあいさつと、長島代議士必勝を誓う種村前支部長
f0019487_7544390.jpg

 閉会のあいさつを、来年当番である」浦佐分会長である私が挨拶する。
 人事に伴い幹事長に就任したので「幹事長の仕事は国政選挙で当選させることです」と
皆さんに党員確保と再結集を呼び掛けた。
[PR]
by 2nezou | 2011-02-06 07:30 | 議員活動 | Comments(0)
政務調査~沖縄
        2月3日~5日

 今回の沖縄行は私が強く要望したもので、特に沖縄の基地問題をこの肌で感じ見てきたかった。私たちが安心して生活できるのも、米軍基地という、沖縄の皆さんの犠牲の上に立っての平和である。 新潟にいると私たちは、沖縄での基地問題は他人事のようだ。また、北朝鮮やロシアの北方四島、韓国の竹島、中国の尖閣諸島と外交問題は日本国の存立そのものだ。人が安心して暮らすためには最重要課題であるが、それが揺らいでいる。残念ながらそれらの国境問題もアメリカの軍事力無くして、日本は対抗できないことは明白の理である。
●一日目
<読谷村>
 
 池原副村長、議長、副議長、基地特別委員長の4人が迎えてくれる。
 
 1945年4月1日み10万発の砲弾をうち午前8時30分に、18万人の米軍が沖縄(読谷村)に上陸する。1946年に95%が米軍基地、1952年に80%、1970年に72%、2000年に45%、現在も34%が米軍基地である。村民が一体となり国に基地の撤退を訴え少しづつ取り返してきた。
 米軍基地が沖縄発展の阻害要因になっていると。ここ読谷村は、人口が39千人と毎年人口は増えており、今年には4万人になるという。それは米軍から基地を取戻し、街づくり(開発)にあてている。景勝地もあるが、陶芸の村でもあり、人間国宝が3名。伝統の花織も衰退しそうになったが、有志で伝統工芸を復活させた。
 米軍基地の中に役場庁舎とか学校を建てたりとか、村民ぐるみの果敢な戦いが、基地の返還になり今の発展があると思った。
 
       ●2時間の予定が3時間にもおよんだ。
f0019487_21232274.jpg

●2日目>
<米軍基地予定辺野古海岸>

 那覇市内から沖縄自動車道を走ること1時間30分、辺野古海岸到着する。バスの運転手から漁民の中には、賛成反対両者がいるから注意するようにと言われる。本当に何もない閑散としたさびれた漁港だ。船が十数隻あり、漁師と思われる人が船の修理をしてた。数日前にバスでここに入ったら、出ていくように言われたそうだ。
       ●辺野古海岸に位置する漁港
f0019487_213801.jpg

       ●塀の向こう側が基地予定海岸
f0019487_21394380.jpg

f0019487_21401919.jpg

f0019487_21404158.jpg

 現地に立つと何とも言われない真実味や現実味が感じる。軽トラックで海岸に来た一人の漁師の方に声をかける。終始よそものが来たなというそぶりであったが、基地はいらないと、隣近所、時には家の中さえも基地は分断すると。民主党政権を怒っていた。

<大宜味村>
 健康長寿の村、人口3,300人の村におじゃまする。挨拶もそこそこに、突然「今日は公民館にお年寄りが集まっているからそこに行きましょう」と案内される。
        ●歩いて5分あまりの公民館大歓迎を受ける。
f0019487_635428.jpg

        ●お二人合わせて180歳に届きそうという。本当に明るく前向きで元気。
f0019487_6352443.jpg

        ●いろいろなゲームをするが、積極的で私どもがたじろぐ場面がある。
f0019487_6384917.jpg

f0019487_642232.jpg
f0019487_6424188.jpg

        ●全員記念写真におさまる。長寿のパワーを授けてもらった。
f0019487_6435259.jpg

 長寿の秘訣は、皆さんとお会いして納得する。
 ①ゆったりリズムとナンクルナイサー(なんとかなるさ)、イチャリバチョーデ(初めて
  会う人でも兄弟同様親しく)等、ゆったりした、おおらかな気質。
 ②生きている限り現役という意識がすごく強い。畑仕事をしたり、村の伝統産業の芭蕉布
  の糸軸をしたり、何らかの活動、労働、運動その他の村の行事やボランテア活動をする。
 
 担当者の方は、「施策的にはこれと言って何もしていないんです」と、
「人材をもって資源となす」が、大宜味村の「宝」ですに、学ばなくてはと思い村を後にする。

●3日目 
 守礼門、沖縄県平和祈念資料館、ひめゆりの塔・平和祈念資料館を見学し、14時20分に那覇空港を飛び立つ。
 平和祈念資料館はそれぞれ1時間しか時間が取れなく駆け足で見学したが、戦争の恐ろしさ、目を背けたくなる写真、なんで戦争をしたのか、本当にこの世とは思えない光景が展開する。そして、手紙や手記には涙した。
 二度と戦争はしてはいけないと強く思った。しかし、地球上では争いが絶えない。なんで殺し合いをするのだろうか、地球上から戦争をなくすことはできないのだろうか。
 沖縄全体が、米軍の傘下の下で生活しているのかと思ったが、そこのところは完全に独立しており、日本の安全保障や米軍の基地問題は別に考えなくてはと思った。
 新潟にいては感じられない貴重な3日間であった。             
[PR]
by 2nezou | 2011-02-05 20:21 | 議員活動 | Comments(0)
魚沼基幹病院(仮称)の基本構想県が発表
       2月1日(火)

 平成12年に、県立小出病院の改築問題に端を発し、魚沼地区に基幹病院問題が提起され10年、今日、県より基本構想が発表される。
 午後6時に市の大和庁舎に「魚沼地域医療整備協議会」の委員・オブザーバーのメンバーが集まる。委員は、住民代表5名、地元首長3名、関係病院長3名、地元医師会2名、学識経験者2名、検討組織代表3名からなる。
 基幹病院454床、地上9階、研修・研究センターを有し、大和病院とは深化した連携を構築したいとしており、渡り廊下で繋がる構造となっている。大和病院は199床から40床となり、大和病院の経営は大丈夫なのか!!!
 県は深化した連携、渡り廊下で繋げたことから、具体的な役割分担はこれからだと思うが、やまと病院側からすると病床数は、100床位は見込んでいたのではなかったかと思うが!!。六日町病院は120床。
 23年度には工事が始まり、24年4月には財団法人の設立という予定になっている。
 基幹病院の開院が平成27年6月に遅れることなく進むことを願う。それに合わせて、六日町病院の県からの移譲改修。そして、やまと病院の改修か新築か。医師の確保はと課題が多いが、それにしても、県が基本構想を発表し、まずは第一歩がスタートする。
 
     ●会議室は委員18名、オブザーバー7名、事務局、報道関係者でいっぱい。
f0019487_549453.jpg

     ●地上9階454床、魚沼基幹病院のイメージ
f0019487_5535567.jpg

[PR]
by 2nezou | 2011-02-01 05:35 | Comments(0)