農業技術学院(講習所)同窓会開催
       3月14日(火)18:00~20:30

 六日町駅前「あさひ食堂」にて、南魚農業技術学院同窓会が開かれる。私と県地域振興局
山岸部長は昭和44年農業講習所50回の卒業生。十数年前に養蚕技術員の皆さんは、「農業講習所」卒と、別になり現在に至っており、南魚沼郡には26名の同窓生がおる。
 会長にJAの山田組合長、副会長に昨年私が就任する。
 昨今の農業情勢から、「農業技術学院を平成18年度末で廃しする予定」とのこと。新潟県農業を自他ともに中心になり、構築してきた学舎が消える事は寂しいが、これも時代の流れで致し方ない。
 JA塩沢の小島・種村両先輩に久しぶりに会う。二人ともこの3月末日でJAを退職という。16年度収支決算、17年度収支予算が承認され、山田会長より役員の交代の提案があり、私が会長を受けることになる。副会長はJA塩沢の宮田にお願いする。

 今後の同窓会のあり方については、農業技術学院は廃止されても、同窓会の活動は一定期間(10年程度)継続し現有体制の範囲内で会員相互の親睦と情報交換をしようと言うことで、
南魚支部はまとまる。
# by 2nezou | 2006-03-14 21:10 | 春夏秋冬 | Comments(0)
社会厚生委員会開催
      3月13日(月)9:30~12:00

 開会中の常任委員会がそれぞれ開かれる。
 審査として本会議で付託された72号議案から78号議案の7件と請願が一件。
  ・中之島診療所・総合福祉センター・大和老人福祉センター・塩沢老人福祉センター・方条児童遊園・吉里児童遊園・めぐみ野保育園の指定管理者の指定ついてそれぞれ審査する。
 指定管理者制度は今回が初めてなので、公募によらず、現行の管理者を選定する原案にまとまる。
 請願第4号「患者、国民の医療費負担増の中止を求める請願」は賛成討論、反対討論の後、反対8(賛成1)反対多数で不採択となる。
 
 調査事項は
    ○介護保険料の改定について
    ○保育料の改定について
 それぞれ担当課長から説明を受ける。
 案として、保険料は22%アップの月額3,934円、年額47,200円が示される。保育料は現行の7階層から14階層に改定され、多くの世帯が減額になるように改定される。ただし、所得階層の高い人は据え置く。
 
# by 2nezou | 2006-03-13 19:30 | 議員活動 | Comments(0)
裸押合い大祭記録保存事業実行委員会設立準備会
       3月12日(日)15:00~16:30

 ようやくここまで来たという感じだ。昨年の12月頃はどうなるかと思っていたが!
今日は何人集まるかも心配したが、45人の大勢の方が見えた。
鈴木章二さんと滝沢さんが、本当に中心になって動いているので今日があると思った。
 洋成の進行で始まる。坂西謙二さんの挨拶に続き大祭委員長横山さん挨拶。これまでの経過を私から報告する。滝沢先生から「押合い大祭を記録保存する意義について」話す。鈴木章二からは「今後の取組みについて」話す。実行委員会の設立総会は5月14日と。
 多くの質問、意見が出る。
 湯本高夫さんが閉会の挨拶。盛会の内に終わり、役員で大門の寿多屋さんで美味しい酒を飲み今後の予定等で意見交換する。
# by 2nezou | 2006-03-12 22:10 | 地域情報 | Comments(0)
十二山大神 十二講に集まる
      3月12日(日)6:00~9:00

 昨日の午後から、オヤジと雄太で家の裏に「ほこら」作りをする。夕方から弓、矢の準備をし、夜は的を書く。恒例になった繁さんの手打ちソバ、うどんを食べるのが、十二講の前夜祭。
 あいにくの雨模様だが、6時にほこらの前で、一年の山の恵みと山の安全を祈願し、全員で弓を引き矢を放す。御神酒とおこわ、魚をごちそうになり、家で宴会が始まる。一年で朝酒を公然と、いただけるのは、十二講の日だけと言って銚子が空になる。亡くなった小太郎のじいちゃんは、今日はいつも朝酒を飲むので帰りは夕方になり、時には夜になることもあった。
 昔の行事は続けて行きたい。昔はどこの家でも十二講はやっていたが、今では数えるほどになった。勝手場の女手は朝早く大変だ……!
# by 2nezou | 2006-03-12 12:05 | 地域情報 | Comments(0)
新町農家組合総会
      3月11日(土)19:30~22:00

 今日の総会は「賦課金の見直し」があるから、多勢参加しくれないかと思ったが、例年より少し多い参加の中で開会する。
 3/5に役員会を開催し、総会対策をしていたので、四議案ともスムーズに事が運ぶ。農区の次年度総予算は220,000円、農区費をいただける人22名。町内の約3割。農区の主な活動は作業所(精米所)の管理、その作業所も町内の資源ゴミと遊具の置き場になっている。
 そして、春の花見、夏祭りの〆の奉納、ビール大会、正月の棒〆作り、今年は大かまくら祭りを行う。このように町内の睦的な事業が多くなっており、そういう意味での農区の意義は大切です。他の地域では、農区の存続が取り沙汰されている中で、歴史ある農区を存続しようと意気盛んの総会になる。
 総会は30分くらいで終わる。新農区長 関久良さんの乾杯で懇親会が始まる。会計に関茂さん。茂さん昨日の会議で区長さんになったと聞いたので、変更かなと思ったが本人、大丈夫と話す。
# by 2nezou | 2006-03-11 22:10 | 地域情報 | Comments(0)
井口市長後援会設立準備会
      3月11日(土)18:30~19:00

 18時30分より、薮神の料亭「おみきや」さんにて、井口市長の大和地域後援会の設立準備会が開催される。浦佐からは私を含めて5人が出席をする。
 浦佐支部の支部長に自分が指名される。幹事長は小島正明氏。3月26日に市全体の後援会設立の会をするので、各地区から25名の割り当てを受ける。
 農区の総会があるので、小島幹事長にお願いし早々と引き上げる。
 市長選は2年後だが、来年は県議選と参議院選挙があるのだがと思いながら、頭を農家組合の総会に切り換えながら、車を走らせる。
 
# by 2nezou | 2006-03-11 20:30 | 議員活動 | Comments(0)
議会 一般質問で登壇
      3月10日(金)9:30~16:00

 質問順位20番目で、一般質問3日目(最終日)の2番手で登壇する。今日は女房と後援会女性部長の井口さん、選挙事務所に詰めてくれた門山さん夫婦が傍聴に来る。それでなくても、緊張するのに……。松原議長の「質問順位20番、議席番号6番・関常幸君」と声がかかる。
 質問項目は3点
  ○職員の意識を変えるために、人事評価システムの早期の導入について
  ○山地災害の防止・農業振興・そして観光振興に欠かせない森林・林業振興について
  ○大和都市計画事業見直しに関する件について
 再々質問まで含めて、持ち時間は30分。持ち時間を余して終わる。私の質問が終わったら、休憩に入ったので、傍聴席の方をすぐに振り向く。あの厳しい井口女性部長さん、両手で丸を作ってくれた。女房もニコニコしていた。
 門山さん「議員の皆さんは、私たちの身近な問題を質問し、市長さんも本当に丁寧に答弁しているし、来て良かった」次回も必ず来るという。4人とも議場に入るのは初めて。
 
   質問内容の全文は、議会活動報告にのせますので、クリックしてください。
   4月上旬に発行予定の「議会報告」にも掲載します。
# by 2nezou | 2006-03-10 20:00 | 議員活動 | Comments(0)
お日待ち・裸押合い大祭反省会
       3月7日(火)11:00~12:00

 7日は「お日待ち」と言って、毘沙門堂は3日の押合いが終了すると、7日まで鍵がかかり誰一人入れない。今日は未明(朝4時頃)に井口巻き(ささらすりを行う人)の皆さんが、毘沙門天を水行させる。これを以て、18年度の大祭は一切終わる。
 
 関係者90人くらいが本堂に集まり、押合い大祭の収支決算、今年度の反省点について意見を述べる。警察からは事故もなく、多聞青年団の統率とれた行動に感謝の言葉がある。消防団、観光協会、交通指導員等の皆さんからそれぞれ話がある。駐車場は夜になるにしたがい、多くなり20時が950台とピークであったと報告のとおり、22時の多聞天弓張りは、多くの人が出ていた。
 青年団の進行に、二・三注文が出た。警備係に酒の飲み過ぎの団員がいた・要注意。弓張りがローソクの警備の外に撒かれた。20時外進の先導が間違う。(開帳口に入れた)押合い者をもっと内陣に入れるべき。(毘沙門天を参拝させる)馬が来たとき4本柱から降りていなかった。(要検討ーささらすりの時降りていれば良いと思うが!)
 今年の収支も、予定の寄付(勧募金)は、集まらないのではと心配したが、予定を上回る寄付金が集まり、大祭も盛大に終わり、関係者の皆さんに感謝で一杯です。

 
# by 2nezou | 2006-03-07 15:50 | 地域情報 | Comments(0)
大和中学卒業式出席
       3月6日(月)9:00~11:00

 今日は全市内の中学で卒業式が行われる。
 180人の卒業生が拍手に迎えられ入場する。国家斉唱の後、一人一人に渡される卒業証書。校長先生から渡される場面が、二つのスクリーンに大きく映し出される。金澤校長先生の式辞、教育委員長の告辞、市長の祝辞と続き、在校生の送辞、卒業生の答辞には目頭が熱くなる。式典終了後の卒業生による「大地賛歌」は、体育館一杯に声が響き、卒業生の顔は輝いていた。
 今年も大学を卒業し、地元に帰って来たいが就職の場がなく、東京に仕事を見つけると言う声を多く聞く。働く場所の確保、企業の誘致は政治家としての、最重要課題と卒業式に出席し、改めて、この子達のためにと肝にめいじる。
# by 2nezou | 2006-03-06 15:20 | 地域情報 | Comments(0)
春を呼ぶ勇壮な日本三大奇祭「裸押合い大祭」
      3月3日(金)7:00~23:50

 我が家の茶の間には、まだ前夜祭の余韻がのっこている。
 多聞青年団は7:30全団員集合で和幸・大五郎・仁志・(美雪)と4人、朝食もそこそこに家を出る。我々大祭委員や当日奉仕者は8時集合。自分は青年団の朝礼に間に合うように、子供達の後を追うように毘沙門堂に急ぐ。
 私の持ち場は、「御本尊参拝」の担当。普光寺住職様が、裸になった夜だけでなく、多くの人から「御本尊様」を拝み、「福」を持ち帰ってもらいたいと言うことから、昨年から始めた。
 11時30分、13時、15時と3回、受付をし70人前後の方を案内をする。東京から毎年来ていると言う方は、「御本尊様」(毘沙門天)を間近で参拝したのは、初めてと興奮した様子で話してくれた。
 昼間の行事は11:30、13:00、15:00、16:00、16:30と5回の餅撒きがメーン行事。11時30分の餅撒きには井口市長が挨拶した。我々同級生・撒与講中10人は13時に第2屋根から餅を撒いた。
 夜の花形、金杯等の撒与者(奉納者)のお披露目。寺院方・稚児を先頭にしての「大名行列」は13時40分からで昼間の行事では必見です。その他には福餅講中を浦佐駅に出迎えする、福餅の「大八車行列」、浦佐駅前で行う、浦佐小学校のブラスバンド演奏も良い。

 18時「ねこしき」が始まる17時30分、国から「記録を作成すべき 無形民俗文化財」裸押合い大祭の応援に、井口市長・松原議長他二十数名の議員が河田屋さんに集まる。忙しい中多聞青年団、山口・小川両副団長が挨拶に来てくれた。
 18時我が家常蔵に走って帰る。県の振興局山岸部長の部下、夜の立役者(穀種ー第1回福持撒与)寺島・田川・岩井君が自分の帰りを待っていた。御神酒を飲み、ハンタコ、さらし、ワラジを履き毘沙門堂へと急ぐ。途中河田屋さんにより、井口市長に挨拶し、19時招集時間に集まる。19時30分水行、その後「行場」でお祓いを受ける。
 20時第一回福持撒与。外進の先頭で大ローソクに警護され、弓張りに照らされて、馬に乗った撒与者(毘沙門天の化身)はサンヨサンヨのかけ声で御堂に進む。開帳口からはいると御堂内は裸の熱気と興奮で進むことが困難。ローソクに守られ撒与者(寺口君)を内陣に上げることが出来た。
 寺口君が押合いの群衆に「穀種」を撒与する。福(穀種)を奪い合う!馬の私と田川・岩井君は待機所で待つこと十数分。寺口君を内陣に迎えに行き、馬に乗せるが、熱気に酔ったのか上手に乗ってくれない。ローソクに護衛され無事帰ることが出来た。
 
 KJ創設以来22時の「多聞天弓張り」4張りの内、1張りを歴代の校長先生が撒与してきた。
2000年と2001年には、その弓張りを丸ごと無傷でKJ先生が授かる。1張りは校長室に、もう1張りはアメリカの姉妹校エバンストン高校に、KJ10周年記念事業で訪問したときに渡してくる。太田校長先生いざ出陣!我が家で準備(裸に)をし、途中JAの大祭本部により、御神酒を頂き、多聞青年団本部に急ぐ。KJの1期生の井口青年団長に挨拶をする。
 21時10分「多聞天弓張り、国際情報高校 太田恭利さん」と招集がかかる。ここからは校長先生は一人、水行・行場と過ごし、第2屋根に上がったのが22時少し前。裏山からの風が直接吹き、弓張り撒与者4人はガタガタ震えているのが下からも分かった。
 撒く撒く撒くヨと屋根から声をかけること二十数分。今日は金曜日で22時を過ぎているにもかかわらず、境内を埋め尽くす大勢の人たちが、屋根の4人に集中している。青年団の「撒けー」の合図で、四方に飛ぶ弓張り。弓張り目指してドートめがける群衆。それを取り巻くローソク群。1つの弓張りに十数人が、重なり合い奪い合う様は、まさに戦場で戦う「毘沙門天」を思わる!
 その集団もサンヨサンヨのかけ声で、数分後には自然にばらけ、手に手に弓張りの一部をしっかりと握っている。それを授かった人は大きな福を得た。昔はその弓張りの一部を田んぼの水口に挿しておくと、害虫から稲を守り豊作になったと言われている。
 校長先生と二人で最後の「ささらすり」まで参加する。時計の針は23時を回っている。数百人が肩に手をかけ、4重5重の輪になり毘沙門堂内を、サンヨサンヨのかけ声で、足を踏みならしまわる。誰の顔も上気し満足感で一杯だ。最後に「御灰像」が12体撒与される。これが又、圧巻である。撒与品の中ではこの「御灰像」が一番ほしいから。
 最後に井口団長が内陣に上がり御礼の挨拶が終わると、一人一人内陣に上げてもらい、毘沙門天をお参りし、記念品の盃を頂く。
 校長先生と二人、毘沙門堂から我が家までの道が、こんなに遠いと感じたことは無かった。 もう、寒いと言う感じをとおり越し、口はガタガタ、足は感覚がない。
 我が家では今か今かと校長先生の帰りを待っていた。0時を過ぎると子供達も、声をつぶし満足な顔をして帰ってくる。和幸と仁志が、なんと「御灰像」を拾ってくる。12対中2体が我が家に来る。真夜中までお祝いの宴は続いた。
 
 こうして、雪深い魚沼にも、春がやってくる。                                  
# by 2nezou | 2006-03-03 23:30 | 地域情報 | Comments(2)